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闘病中の愛犬が亡くなった。自分のために気持ちの整理をしてみます。

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昨年の10月に肝臓病が発覚し、余命宣告をされてからもマイペースに闘病生活を続けてきた我が家の愛犬が、昨日亡くなりました。

本日の記事は、はっきり言って私の気持ちの整理のためだけです。

それでも同じように病気の愛犬を抱え、ただただ不安でしかない方のために、少しは心が穏やかになるようにと思って書きたいと思います。

アポロの闘病日記で今までの経緯はご覧になれます。

 

アポロの闘病日記一覧

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愛犬アポロの最期

我が家の愛犬アポロの最期は私達夫婦に後悔させない、アポロの愛を感じるものでした。

 

3月の初めにアポロが倒れ、これまでか!?と覚悟をしたのですが、そこからアポロは奇跡の復活を果たしました。

倒れた際には腹水も無くなり、黄疸も無くなり(ように見えただけ?)急に食欲も回復したので、完治したのでは?と思いましたが、当たり前ですが違いました。

腹水はお腹がぺしゃんこになった次の日からどんどん溜まり始めましたし、白目の黄疸も次の日から確認できました。

しかしながら、食欲は亡くなる前日まで衰えること無くありました。

 

亡くなった日、アポロは朝ごはんを食べたがりませんでした。

旦那と『今日は調子が悪いみたいだけど、ちょうど病院の日だね』なんて話をしました。

病院の先生が食欲が無くなったら腹水を抜いて様子を見るって言ってたけど、今日食欲がないからっていきなり腹水抜くものかな?

なんて会話をしていたのです。

私は出かける用事があり、せっせと準備をしていました。

すると旦那のお父さんがアポロの様子を見に我が家に来ました。

いつもであれば自分から歩いて抱っこされたがるのですが、その日のアポロは目を動かしただけ。

今日は調子が悪いみたいだけど、あとで病院に連れて行こうと思ってたよ。という会話をし、旦那のお父さんが帰ったのが10:10

私は急いで出かける準備をするために髪を乾かしていると、旦那が『アポロが逝っちゃった』と叫びました。

アポロはH30.4.15 AM10:15に虹の橋を渡りました。

あまりにも急でした。

びっくりした私は、うそ!なんでなんでとアポロを抱き上げようとしました。

すると肛門がひらいてしまったようで、排泄物が出てきてしまいました。

アポロのカラダには一切チカラは入らず、抱き上げても落としてしまいそうになります。

寝床を用意し、カラダを拭いてあげました。

あまりにも急すぎて、その時の私は全く亡くなった実感は湧きません。

旦那がアポロの唇をあげて『やっぱり!』といいました。

見るとアポロの歯茎は真っ白だったのです。

きっとものすごい貧血状態だったのでしょう。

私はアポロの臨終に立ち会うことができなかったので、なぜ急変したのか旦那に聞きました。

すると旦那は『本当に一瞬だった』といいました。

旦那がアポロを抱いて、お父さんを見送った後、ソファーに座りアポロを膝の上に上げました。

するとアポロの呼吸が浅くなり、あれ?っと思いカラダに触れると、痙攣し、そのまま息を引き取ったということでした

臨終に立ち会った旦那ですら一瞬のことだったといいます。

私は用事をあり外出したのですが、用事を足す間も『以前、倒れた時のように家に帰ったらまたムクッと起きるのでは?』と本当に思っていました。

そういえば、倒れたときもおもらししてたな。なんて考えていました。

アポロは目を覚ましてはくれませんでした。

 

でもよく考えてみると、私達夫婦が在宅している時に亡くなった、最期を看取れたことは、アポロの愛だと思っています。

 

闘病中の愛犬がとったいつもと違う様子

今考えると、この1週間、愛犬アポロがいつもと違う行動をしていたり、カラダにも違和感が様子を感じていました。

アポロがとったいつもと違う様子① クレートに入る

ここ3日、アポロがいないなと思うとラッキーのクレートの中にいることがありました。

我が家にはラッキー(保護犬チワワ3.5キロ)が入るクレートしかありません。

ラッキー以外の犬はクレートで生活するようなしつけをしてこなかったからです。

アポロは身体が大きい方のMダックスです。健康な頃は7キロ位ありました。

最近ではガリガリになりましたが腹水がものすごく溜まっています。そのうえ、足が弱くなってしまったので一度クレートに入ると自力では出てはこれません。

それでも入ります。

私と旦那は、もしかして死に場所を探しているのかな?と思っていました。

アポロがとったいつもと違う様子② くっつきたがる

このくっつきたがる病は、人間だけではなく、他の犬にもしていました。

それも他の犬のお腹の下に入りたがるので、他の犬達はケンカを売られたと思い、唸ったり吠えたりしていました。

アポロの好みはコロコロ変わり、私の膝で10分寝て、急に大二郎にくっつきたがる。といったふうでした。

アポロは足が弱くなり、階段を上り下りできなくなっていました。

ここ3日ほど私が2階で家事をしていると、下から『上に行きたいよ~』と吠えます。別に抱っこしてというわけでもなく、同じ階にいたいだけ。

寝てるからちょっとだけ下に行こう!なんてするとすぐに気付かれ吠えてお知らせしてきます。

やはり体調が良くなく、落ち着かなかったのかもしれません。

そんなワガママも今思い出すと可愛いですけどね。

アポロのカラダに起きたいつもと違う様子③ 腹水が日に日に多くなる

ここ1週間で腹水がこれ以上ムリ!というほど溜まりました。

昨日より今日、今日より明日という感じでお腹が膨らみます。

今日の大きさが限界だろうと思っていても、次の日にはその限界を越える感じです。

病院の先生が、腹水はご飯を食べられない日が続くようであれば抜くことを考えましょう。とおっしゃるもんで、食欲があるということは、まだ限界ではないのだろうと思っていました。

アポロのカラダに起きたいつもと違う様子④口周りが冷たい

無くなった後、旦那が真っ先に歯茎をみて『やっぱり』と言いました。

旦那は亡くなる2日前から口のまわりがとても冷たいなと思っていたそうです(私はあまり感じなかったのですが…)

アポロと一緒に寝ていた旦那は『腹は熱いのに、口周りはどんどん冷たくなっていくな』と感じていたようです。

貧血でしょうか?そもそも低体温だったのでしょうか?

そういえば、ここ3日ほどは常にガタガタ震えていました。

私の父も肝硬変だったのですが、肝臓が悪いと人も犬も寒がるんだなぁなんて思っていました。

アポロのためだけに、こっちは熱いのに、エアコンやストーブをかけたりしていました。

カラダが冷たい、寒がるというのは死期が近いサインだったのかもしれません。

アポロのカラダに起きたいつもと違う様子⑤下痢や嘔吐を繰り返す

亡くなる2日前からアポロが下痢をしたり、嘔吐したりしていました。

腹水がパンパンでお腹の皮膚には血管が浮き出るほどだったので、そのせいで内蔵が圧迫され下痢や嘔吐をするようになったのだと考えました。

実際本当に腹水が理由だったかもしれませんし、死期が近いサインだったかもしれません。

ただ、食欲はすごくありました。

 

不思議と愛犬の死が悲しくない

愛犬の死が悲しくない…というのはちょっと言い過ぎです。

悲しいですし、まぁ泣きました。

今このブログを書いていても涙で画面が見えずなかなか進みません。

悲しくないというよりは後悔がないとでもいいましょうか…

アポロが亡くなった時間は日曜日のAM10:15でした。

このAM10:15は絶妙な時間だったなと思います。

その日は私の予定が10:30から入っていました。ですからあともうちょっとアポロが頑張っていればアポロが亡くなった時に立ち会うことが出来ませんでした。

旦那のお父さんは、もともと予定していた町内の行事が中止になったために、1時間早く我が家に来ることができました。

町内の行事が行われていれば、生きているアポロに会うことはできなかったでしょう。

そしてこれが平日の10:15であれば、アポロの臨終に立ち会えた人はだれもいなかったことになります。

クレートの中で丸くなりそのまま冷たくなっていたら、私は一生立ち直れないかもしれません。

何より良かったと思うことは、前の日まで自分の足で歩き、ご飯を食べ、トイレに行っていた事です。

アポロには寝たきりだったときがありませんでした。

一昨年の12月に私の愛犬うららが亡くなった時は、2週間も寝たきりの状態でした。

ニオイもすごくて、生きながら腐っていっているのではないかと、本当に見ていて辛かったです。

そして悲しくないと思う一番の理由が動画です。

3月21日に旦那が天気がいいからみんなで散歩をしよう!といい出しました。

私はアポロの足が弱くなっているし、腹水でパンパンのお腹も心配だったので反対したのですが、私の心配をよそにアポロは嬉しそうに散歩をしました。

よちよちしか歩けないのに走ったりして本当に楽しそうでした。

私も楽しくってその時は動画を沢山撮りました。

昨日はそのときの動画を見ながら何度も泣いてしまいました。

散歩をし動画を撮っておいてよかったと本当に思いました。

東京事変の落日は聴きました?

私は椎名林檎がものすごく好きです。

初めてこの曲を聴いた時、なんかよくわかりませんが、悲しいけど前向きですごく林檎らしい曲だな~って思って、どんなきっかけでこの曲を作ったのか調べました。

その時は、東京事変のメンバーが脱退したタイミングと自分の愛猫が亡くなったタイミングが同じ頃にあり、その心情をかいた歌。

とネットに書いてありました(2005年当時)。

その情報の真偽は不明ですが、それから私はこの曲が愛猫にむけて書かれた詞なのだと思ってきました。

一昨年、愛犬うららが亡くなったときも、この曲に支えてもらいましたし、アポロが亡くなってからも、何度も聴きました。

そもそもこの曲がどのような思いを持って書かれたのかは林檎さん本人に聞いたわけでもないので全く私の想像でしかありません。

ですが、私が落日を聴いて愛犬の死を乗り越えられると思った、この詞の私なりの解釈を述べたいと思います。

その部分の歌詞は曲の最後です。

僕は偶然君に出遭って

ごく当たり前に慈しんで夕日を迎えた

さあもう笑うよ

(歌詞引用:東京事変・落日)

 

縁があって子犬と私は出会います。

私は当たり前にその子の小さいときから看取るまでの生涯を慈しみ育てます。

慈しむ事は普遍。

でも動物の方が寿命は短い。

その寿命もまた普遍。

太陽が去るように、太陽が去った後には夕日が来るように。

全ては普遍。

だからもうくよくよしない!前を向いて笑おう!

と私は勝手に解釈しています。

私はこの曲を自分なりに捉え、元気を出せています。

愛犬を亡くされたかたへ

アポロは私の目の前でただ寝ているように横たわっています。

でもアポロが亡くなったことは紛れもない事実です。

まだ私の目の前にアポロの肉体があることで心が保てているだけかもしれません。

明日、アポロは旅立ちます。

腹水が溜まったお腹も、痩せて恐竜のような背骨も、白髪まじりの黒毛も、もう触ることができないのかと思うと泣けてきます。

ただ、これが普遍です。

”さあもう笑うよ”と誓い、アポロに心配をかけず安心して送り出してやりたいと思います。

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